ある真夏の出来事だった。
その日は雲一つない晴天で、午前中からすでに30℃を超えていた。蝉の声も忙しく聞こえ、道路の照り返しも眩しかった。
わたしはちょっとした野暮用で休暇をとっていた。午前中に用事を済ませ、昼頃にはひとり自宅に戻ってゴロゴロ昼寝を楽しんでいた。
雑誌を読みながら横になっているうち、窓を開けたまま眠ってしまったのだろう。目が覚めるとやけにゾクゾクするし、おまけに薄暗い。もう夜になってしまったのかと時計を見ると、まだ午後2時過ぎだった。
窓の外は真っ黒な雨雲がたちこめて、今にも雨が降りそうだ。遠くで雷の音が聞こえ、夕立ちが来る前の冷たく強い風が吹きはじめていた。
大きな雨粒はすぐに落ちてきた。沸き立つようなザァッーという音と共に、庭の樹木はあっという間に水煙に霞んでしまった。
そんな光景を寝ぼけ半分で眺めていると、不意にインターホンが鳴った。居留守を決め込んで応答しないでいると、またピンポォーン♪ と鳴る。それでも無視していると、またピンポォーン♪
あんまり催促されるので渋々玄関を開けると、誰もいない。
悪戯か、あるいは諦めて帰ったのか、深くも考えずに居間に戻って外を眺めていると、またインターホンが鳴った。今度は大急ぎでドアを開ける。だが、誰もいない。そのまましばらく玄関で待っていたが、インターホンを押す奴はいなかった。
何だか不思議な気分で居間に戻り、テレビを観ようとソファに座った時だ。まだ電源を入れていないテレビのブラウン管に、スッと横切る人影が映った。テレビの黒いモニターが鏡の役割をして、ちょうどわたしの背後室内をぼんやり写していた。
背後には開けっ放しのドアの向こうに廊下がある。横切った人影は玄関の方から隣の和室に入ったようだった。
家族が帰ってきたのかと思い おかえり! と大声で呼び掛けた。しかし返答はない。
もう一度 おかえりぃっ!と声を張り上げると、返事をするように隣の和室で チィーン・・・と音がした。仏壇の鐘が鳴ったのだ。
お察しの通り、和室には誰もいなかった。そのとき自宅にいたのはわたしだけ。
特別怖い体験ではないが、思い出すと妙に怖くなる話のひとつ。
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