シャンプーしている時、背中に視線を感じたことはありませんか?・・・誰にでも一度は覚えのある嫌な経験だろう。子供の頃にはよくあった。目をつむった無防備な状態でひとり「風呂」という密室にいる不安感。そんな心の動揺が生んだ妄想。
大人になってからは縁のない経験だが、二十歳の頃一度だけ気味の悪い体験をした。
友人の母親が旅行に出かけて留守にするというので、わたしは当時仲の良かった友人宅に泊まることになった。二人でビールを飲みながらテレビを見たりしているうち、酒の弱い友人は先に寝床へ行ってしまったのだが、わたしは汗臭い自分に我慢ならなくて風呂を借りることにした。
友人の家は築30年は経っているだろうと思われる昔風の造りで、風呂場は家の突き当たりにあり、わりと長くて薄暗い廊下を通らなければならない。おまけに風呂場の手前にボイラー室があり、その前を横切ると曇りガラスの向こうに暗いボイラー室が不気味に稼動する音が聞こえる。
特に気にすることもなくシャワーを浴びていたわたしは、そろそろ出ようかという直前で背後に誰かの視線を感じて振り返った。だが、とうぜん風呂場には誰もいない。
気のせいかと思って脱衣所で服を着ていると、また誰かの視線を感じる。目の前には大きな鏡があって、誰かが背後にいれば視界に入るはずだ。だが誰もいない。何だかとても嫌な気分になり、とにかく早くここから逃げ出した方がいいと直感した。
急いで服を着て廊下を歩き出したのだが、ボイラー室の前を横切った瞬間、ゾクッとして立ち止まった。
真っ暗なボイラー室の中で何かが揺れている。
曇りガラスの向こう側にある暗いボイラー室で、確かに大きな何かが静かに揺れているのだ。
よく見ると、それはボイラーの太いパイプの下からブラブラつり下がっていて、しかもかなり大きい。
大きさは・・・そう、ちょうど人間の大人くらいだ。
そう気が付いた時、わたしは一目散に走り出した。それから寝室で眠っていた友人にその事を告げた。
最初は寝ぼけ半分だった友人も、すぐに真剣な顔になって寝室を飛び出した。
ところが、てっきりボイラー室に向かうと思うわたしの予想を裏切って彼は居間に入り、祭ってあった仏壇に線香を供えだしたのだ。
実はこの友人、3年前に父親を亡くしていた。後日聞いた話だが、ある朝突然、彼の父親は遺書もなく自宅のボイラー室で首を吊ったという。
コメント