ある知り合いに誘われて青木ヶ原樹海へ自殺者の捜索にでかけたことがある。
捜索・・・とは名ばかりで、実は自殺者の遺体を回収しに年に一度地元の消防団や警察が樹海へ探索に入るのだ。
樹海には遊歩道が設けられていて、夏などはとても気持ちいい。だが、一歩遊歩道から足をを踏み入れると危険がいっぱいだ。
もともと溶岩が固まった大地に数センチばかりの土があるだけで、樹海に生息する草木はそのひなびた大地に必死になって根を張っている。溶岩台地は穴ぼこだらけで、降り積もった落ち葉の下にはポッカリ大きな穴が開いていたりする。
うっかり踏みそこなうと数メートルもある溶岩洞窟へ真っ逆さまだ。慣れない人間は自殺志願者でもなければ踏み込むものではない。
捜索隊のメンバーは毎年参加している人たちが先頭に立って、あらかじめ目星をつけておいた一角だけを捜索する。広大な樹海すべてを捜索するわけではない。
万が一迷ったりすることがないよう、一行は数名で一組のグループに分かれ命綱を辿って行く。遊歩道入り口の木立にロープを縛りつけ、その先端を持ちながら樹海の中を歩くのだ。帰りはロープをたどって行けばいい。
わたしも知り合いのグループに入れてもらって捜索隊に加わった。途中、ビニールシートを屋根代わりにした簡素なテントみたいなものを発見した。そこには雑誌が数冊と、男物の財布、それから食べ散らかしたスナック菓子が散乱していた。状況から見てかなり時間が経っている。
テントには遺体は見当たらなかったが、そこから数メートル先の木立の根っこに腐りかけた遺体があった。おそらくあのテントの持ち主だろう。トランシーバーで状況を報告してさらに先に進む。
その日は5グループに分かれた捜索隊が合わせて12人の遺体を発見した。夕暮れ間近ということもあり、そろそろ捜索を切り上げようとした時だ。帰りの道しるべとなるロープを辿ろうとしたとき、数メートル先の木立に人影が見えた。どうも捜索隊のメンバーではない様子だ。
その人影はわたしたちの命綱を触っているようだった。
わたしと一緒にいた他のメンバーも何か不安を感じたらしい。その人影に大声で呼びかけた。おい、誰だ!!
すると人影はまるで獣みたいなスピードで樹海の中を駆け巡り、消えてしまった。わたしたちはみんな不可解な気持ちだった。だが早くしないと日が暮れてしまう。命綱をたどって遊歩道に戻ることにした。
・・・が。
怪しい人影が立っていた木立までロープをたどっていくと、その木立の後ろの枝に、切れた状態のロープがブランとひっかかっている。
そう、命綱が切れているのだ。
更には、遊歩道につながっているはずのロープが見当たらない。
完全に帰り道を見失ってしまったのだった。
ロープは刃物で切られたわけではなかった。何か強い力で引きちぎられたように切れていた。わたしたちは呆然とし、さっき発見した腐乱死体を思い出した。自分もああなるのかと思うと平静ではいられない。
結局、トランシーバーで連絡しあってわたしたちは他のグループと合流することが出来た。
だが、同グループのメンバーはあの時の不振な人影を「樹海の死霊」だと言っている。仲間を増やすためにロープを切ったのだと。
以来、捜索メンバーは必ず命綱を3本ずつ持つことになったそうだ。
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