わたしの母校は仏教系の高校だった。誰もが般若心経をソラで暗唱できる。できなきゃ単位がもらえない。般若心経を暗唱できなければならない理由は修学旅行にある。
我が母校の修学旅行は毎年「沖縄」だった。沖縄と聞いてなにを想像する?南の島・楽園・島唄・美しい珊瑚礁・・・色々あるだろうが、「戦争」とか「ひめゆりの塔」だとか答える人間は少なくなった。
沖縄の修学旅行日程は一週間。自由行動やショッピング、観光名所巡りなどに裂く時間はほんのわずかだ。メインは大平洋戦争で多くの犠牲者が出たとされる沖縄各地の慰霊碑巡りだ。
戦没者の慰霊碑を旅行中毎日巡礼し、200名の高校生たちが慰霊碑の前にズラリ整列して般若心経を読経する。これが我が母校の数十年来に渡るならわしなのだ。事情を知らない他の観光客達は度胆を抜かれるだろう。
実際に幾つの慰霊碑を巡礼したかは忘れてしまったが、修学旅行最終日の夜の出来事は忘れられない。
わたしたちは那覇市のホテルに6日間宿泊した。あてがわれた部屋はツインのベットルームだ。修学旅行初めの夜はみんな興奮して夜更かしするが、最終日ともなるとさすがに就寝も早かった。
夜の12時ともなると廊下も他の部屋も寝静まり、隣のベットの同級生も熟睡していた。わたしもかなり睡眠不足が続いていたのであっさり眠りについた。
真夜中過ぎのことだ。
ベットサイドテーブルの時計は午前三時をさしていた。
わたしは何故だか急に目が覚めた。
隣のベットの同級生が何やらうなされているのだ。
彼はまるで動物が威嚇するような低いうなり声をあげながら息苦しそうにもがいている。
わたしは彼を起こそうとした。だが声が出ない。体も動かない。
首だけ同級生の方を向いたまま金縛り状態になってしまった。
彼はかなり苦しそうだった。おまけに、うなされながら誰かと会話しているようだった。うわ言のように彼はこう繰り替えした。
「日本人だ・・・日本人だ・・・日本人だ・・・」
わたしは金縛り状態のまま気を失うように眠ってしまったらしい。気がつくと朝になっていた。隣の同級生は自分のベットに座ってわたしの顔をジッと見ていた。
夕べ酷くうなされていたけど大丈夫か?
わたしが尋ねると、彼はやつれたような顔つきでこう答えた。
夢なのか幽霊なのかよくわからないが、夕べ大勢の人間が俺の周りに集まってきて殺されそうになった。
戦争映画に出てくるような軍服やモンペや防災頭巾姿のやつらで、俺の上に乗っかって日本人じゃない、日本人じゃないって言うんだ。
その同級生はいわゆる「不良」と分類される学生で、旅行中も遡行が悪く、髪を金髪に染めていた。戦没犠牲者には慰霊碑巡りをする不埒な心情の彼が、まるで鬼畜米兵に見えたのだろうか。
戦没犠牲者がこらしめにきたのか、単なる夢なのか、はたして真相は誰にもわからない。
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