長野にある友人の別荘に泊まりに行った時のこと。別荘とは言っても、そこは友人の生まれた実家で、両親共に東京へ引っ越してしまってからは住む者もいない空家だった。生まれ故郷ということもあり、手放すのも寂しい気がしたので、別荘がわりに使っていたのだ。
その年の夏、わたしと別荘の持ち主である友人、それから大学のサークル仲間の6人は、三泊四日で長野の田舎にあるその家で避暑気分を楽しむことになった。
友人の実家はとにかく田舎だった。バスも電車もない、それどかろか近所に自動販売機のひとつもないような山奥に、十数軒の民家がポツリポツリと建っている。
山の南斜面にへばりつくように建てられた民家から見えるのは緑の山ばかりで、その山と村とを隔てるように深い谷川が流れていた。
別荘に着いた日の夜、わたしたちは庭先でバーベキューをしながら花火をし、真夜中まで騒いでいた。友人の実家は山の傾斜のまん中くらいに位置していて、その家の更に上に数軒、下の方には三軒ほどの家が見おろせた。
真夜中を過ぎて・・・確か午前2時近かったかもしれないが、そろそろ寝ようかという頃、すぐ下の家の玄関がガラガラッ、と開く音がした。
見ると、中から人が出てきて、懐中電灯も持たずにスタスタと歩いていく。友人によると、たぶんその家の若奥さんだろういう話しだった。で、その若奥さんは街灯もない村の坂道をどんどん下って姿が見えなくなった。
おそらくパジャマだったのだろう、白い上下の服が月明かりの夜にボーッと浮き上がるように霞んでいて、眼下の村道を渡るところまでは確認できた。ところが道を渡ったとたん、姿が見えなくなった。
道向こうはガードレールもない谷川の斜面だ。
谷に落ちたんじゃないか、そんな話題で盛り上がっていたが、わたしも、友人たちもみんな酔っぱらっていたので、それ以上考えることもなく眠りについた。
次の日、昼近くまで朝寝坊していたわたしが庭に出ると、昨夜の若奥さんが下の家の庭先で小さな男の子と一緒に遊んでいた。谷に落ちたんじゃなかったんだ、少し安心したが、その晩、別荘の縁側に座って友人とビールを飲みながら下らない話題で盛り上がっていると、また下の家で玄関ガラガラッ、と開く音がした。
白いパジャマをきた人影は、体つきや歩き方からしてその家の若奥さんだと判別できた。
彼女は夕べと同じように懐中電灯も持たずに暗い坂道をどんどん下ると、眼下の村道を渡ったところでまた姿を消した。夜中に旦那の目を盗んで浮気でもしてるんじゃないか、そんなことを友人が言った。真相はわからないが、彼女は翌日もケロッとした顔つきで庭の草取りをしていた。そして、わたしたちが別荘で過ごした最後の夜も、家から出てきて村道の向こうに消えた。
別荘で過ごしてから2〜3ヵ月経った頃、別荘の持ち主の友人から電話があった。夜中に徘徊していたあの若奥さんが死んだというのだ。友人の両親とその家の親とは遠い親戚で、長野まで葬式に行ってきたという。
実はあの若奥さん、自分が真夜中に徘徊していることを自分でも知らなかった。しかし朝になると彼女の素足が泥だらけで、パジャマや布団にも土や草が付着しているのを不審に思った旦那さんは、彼女が夜中に家を抜け出した後をつけてみた。
旦那さんも彼女が浮気でもしてるんじゃないかと疑ったらしい。彼女はわたしたちが目撃した時のように坂道をスタスタ下ると、村道を横切って谷川の斜面を走り降りてしまった。
真夜中に懐中電灯も持たず、しかも素足のままで道もない谷川へ降りていってしまったのだ。
まるで獣のようなその行動に旦那さんは怖くなったらしい。
そのまま家に戻ると、翌朝、奥さんを実家に返してしまった。
ところが、奥さんを追い出すと今度は自分に火の粉がふりかかった。原因不明の高熱が続き、入院してしまったのだ。
これはおかしいと察したその家の両親が評判の拝み屋にみてもらったところ、その家に古くから祭られている石仏が粗末に扱われ、その仏様が祟っていると告げられた。
両親も石仏の存在など忘れていた。が、確かに庭の片隅に仏様のような石が置いてあったのを思い出した。
半年くらい前、その家では裏の石垣を積みなおした。
古くから祭られていた石仏は表面が削れてしまっていて、石垣の石と区別がつかなかったのだろう。工事を請け負った業者は石仏を石垣に使ってしまったのだ。
両親は慌てて石仏を見つけだし、丁寧に祭って謝った。おかけで息子(旦那)は元気になったが、若奥さんは頭がおかしくなって精神病院に入院し、そこで自殺したという。
本当か嘘か、それにしてもあの奥さんが可哀想に思える。石仏さま、もし祟るならその家の両親にするべきだ。
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