学生時代、霊感がとても強いというのが自慢のクラスメートがいた。彼女は学校や、友だちと出かけた先々で霊が見える、と言っては、周囲を驚かせていた。
彼女には霊が見える、そう信じていた同級生もいし、まったく信じていない人もいた。だが、彼女が「霊が見える」と言って騒ぎ出すと、誰もがみんな少し緊張ぎみに興奮していたのを覚えている。
日常生活とはちょっと違った特別な世界、そんなものに憧れる年頃でもあったのだ。
今考えると、彼女はなかなかの役者だった。霊が見える、あるいは、霊がここに来ている、そう告げる時の彼女の表情は真に迫っていて、そういうモノを信じない人間も納得させて
しまうような勢いがあった。
彼女の一番の名演技は、まるで霊にとり憑かれたようにその場で気を失ってしまうことだった。
だが、これは頻繁に見ることは出来ない。一ヶ月に一度か、二ヶ月に一度か、彼女と親しい友人たちだけが集まった時に起こる現象だった。
ある時、わたしと彼女を含めたクラスメートの5人は、揃って学校をサボったことがある。
家庭の事情で学校近くのアパートに一人暮らしをしていたクラスメートの部屋に、みん
なで集まって、内緒でビールを飲んだり、タバコを吸ったりしていた。すると突然、例の彼女が騒ぎだした。
また始まったか、わたしは内心せせら笑っていたが、他の3人はすっかり信じてしまい、みんなで怖々と肩を寄せあった。
彼女はクラスメートたちが怖がっている姿に満足したように、さらに派手に騒いだ。
この部屋に血まみれの女の人が入ってきてる。もう一人男の人も入ってきた。出てってよ、ここは生きてる人間の世界なんだから!!
彼女は見えない何かにそう怒鳴った。
その瞬間だ。
彼女がいつもの通り、バタッと気を失ってしまったのだ。
霊にとり憑かれたんだ・・・誰かがそんなことを口走った。でも、わたしは信じていなかった。彼女が気を失う所は何度も見ているが、どうもウソっぽいのだ。
彼女が気を失って倒れる場所は、必ず柔らかくて安全な場所だ。本当に気を失ったんなら、たまにはテーブルや、柱の角に頭をぶつけてもいいじゃないか。
しかし、わたしはあえてそういうことは口にしないでいた。彼女が倒れると、みんな心配すると同時に、妙に嬉しそうだったから。
だいたい、彼女は5分くらい気を失ったあと、ケロリとした顔で起き上がり、「霊は出て行った」と告げるのだ。
わたしたちは倒れている彼女の周りに座り込んで、その様子をしばらく眺めていた。
5分が過ぎ、そろそろ目を覚す頃だと思っていると、その日は目覚める気配がなかった。10分経っても、15分経っても、彼女は目を覚まさない。
彼女がいつもと違うということに、わたしたちはやっと気付いた。呼吸はある。しかし顔は血の気が失せたように青白く、本当に死んでしまったようにピクリともしないのだ。
ちょっとヤバイかもしれない、みんなそう思ったのだろう。それぞれ大声で彼女の名前を呼んだ。それから友人の一人が彼女の頭の後ろに手をまわして、上半身を抱き起こした。
その時だ。
ビクンッ!!
まるで痙攣したように彼女の体が大きく動き、「痛いっ!」と彼女が叫んだ。
目を覚した彼女はしばらく呆然としていた。それからわたしたちに自分の首筋を見せて、「何かなってない?」と聞くのだ。
見てみると、ついさっき噛みつかれたばかりのような、小さな歯形が残っていた。
その事件の後、彼女は「霊が見える」と騒がなくなった。霊能力なんて言葉も忘れていた卒業式の間際、わたしたちはあの日、学校をサボッた5人で集まる機会があった。そこではじめて、あの時彼女に何が起こったのか知ることができた。
彼女が気を失って倒れた直後、何かの力にグイグイ引っ張られたのだそうだ。
それは生身の体を引っ張る、というのではなく、体の中心にある「魂」のようなものを引っ張られた感じだったらしい。
すると、本当に目が開かなくなり、体を動かすことも、喋ることも出来なくなった。「何かの力」は、彼女をどんどん真っ暗な場所へ引きずり込もうとした。
逃げ出したくても、逃げられない。
もうダメだ・・・・・そう思った時、目の前に光のカーテンのような物が現れたので、必死になってしがみついた。
同時に首筋に何者かが噛みついた痛みが走り、目を開けると、みんながそこにいた、彼女は淡々とそう語った。
その話しすら、本当なのかウソなのかはわからない。
しかし、彼女が「霊が見える」と言わなくなったのは、あの日以来の事実だ。
嘘のような、本当の話
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