その日、わたしは夜の8:30過ぎに自宅近くのATMに行った。
次の日に友人と横浜までドライブに行く予定だったので、前日のうちに現金を引き出しておこうと思ったのだ。
当時、わたしが住んでいた場所は田舎だったので、PM9:00にはATMは閉まってしまう。わたしがATMに着いたのは9時ちょっと前だった。
現金を引き出すために中に入ろうとしたわたしは、ドアのガラス越しに人影が見えたので手をとめた。
どうやら、体つきの大きな男の人が先に利用しているようだ。ドアガラスには目隠しのスモークがはいっていたのでハッキリと確認出来ないが、先客はATMの機械の前に立って作業している様子。
中からはATM独特の機械的な女性の声で「お振込先番号を入力して下さい」と音声案内が聞こえてくる。
わたしは先客が出てくるまでATMの前で待つことにした。
ドアの横に取り付けられたランプには、赤文字で「使用中」の表示が出ていた。それを眺めながら5分も待ったろうか。わたしの他にもう一人、中年の女性がATMを利用しようとやって来た。
女性は「使用中」の表示とガラス越しの先客の人影を見てからわたしの後ろに並んだのだが、いくらも待たないうちに車に乗っってどこかに行ってしまった。他のATMを使った方が早いと思ったのだろう。
時計を見るとPM8:50分。早くしないとATMが閉まってしまう。
先客の男性はぜんぜん出てくる気配がない。少しイライラしてドアをノックしたのだが、返事がない。そこで、
すいません、まだ時間かかりそうですか?
と声をかけてみたが、やっぱり返答はなかった。
失礼な奴だな、と思いながらドアをそっと開けてみると、ATMの中には誰もいなかった。
あれっ・・・?
ドアの外の表示を確認すると「御利用できます」の文字が緑色に光っていた。
機械の故障か、目の錯角だったのか、とにかく早く現金を引き出さないと営業時間が終わってしまうので、わたしはカードを取り出し、革の財布をATMの上に置き、「お引き出し」のボタンを押そうとした。
すると ピッ! という音と共に「お振込」画面が出て来た。
はじめは操作を間違えたと思った。取り消しボタンを押してもう一度やりなおすと、やっぱり「お振込み」画面が出てくる。
何度やっても「お振込み」画面が勝手に表示されるのだ。
こんな時に限って故障か? 少し焦ってそんな作業を繰り返していると、ATMの上に置いておいた革の財布が突然 バサッ と落ちた。
わたしが触ったわけでもなく、落ちるはずのない場所に置いておいたので、どれほど驚いたことか。
革の財布がひとりでに滑って落ちるハズはない。
すると、今度はATMが正常に動作した。
財布を拾い、現金を引き出して、わたしはATMを出た。
狐につままれた気分でATMを振り返ると、ドアの外の表示は「使用中」の赤文字になっていて、あろうことか、中にはさっきの男の人影があった。
ギョッとなって目を凝らしてみたが、やっぱり中に誰かがいる。
それから、中の男はゆっくりとこちらを方を振り向きはじめた。その時、ちょうど営業時間が終了したのだろう、ATMの電気が消え、ゆっくりとシャッターが降りはじめた。
あの不思議な出来事は何だったのか・・・・・単なる機械の故障だったのだろうか、それとも、目の錯角だったのだろうか。
以来、何度か同じATMを利用しているが、不思議な男の人影は見たことがない。
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