神社に勤めていた頃の話。お祓いをしにやってくる参拝客もいれば、こちらから出向く場合もある。ある日お祓いを頼まれたので、依頼者の家まで行くことになった。
依頼人の悩みは「祟り」だった。その家の子どもさんが原因不明の病気で長らく寝たきりとなり、どこの病院にかかっても改善しない。それどころか、どこにも異常がないと言うのだ。
両親は悩んだのだろう。どこにも異常がないのに子どもは寝たきりだ。こうなったら神頼みしかないと思ったのか、何かに祟られているとしか考えられないからお祓いをして下さい、と電話してきた。
依頼者の家に着き、所定の手順でお祓いを済ませて帰ろうとすると、その家の母親は心底すがるようにわたしの顔を見た。これで子供は良くなるでしょうか?もし良くならなかったらどうしたらいいでしょう?この家の方位とかが悪いなら教えて下さい。・・・こういう場合、祓う側の人間も困ってしまう。
家の方位に悪い箇所はなかった。ただひとつだけ気になった場所があった。その家をぐるりと取り囲むように細い水路があるのだ。その水路は現在は使われていない様子で、草が生い茂り、枯れ葉や流れ込んだ土で半分くらい埋まっていた。家の周りにこういうものがあるのは良くない。
わたしが母親と一緒に外へ出てそのことを指摘すると、彼女は明日にでも業者を呼んで埋めてしまいます、と言った。それで彼女は安心したのだろう、わたしの車を見送ってくれた時の顔つきは晴れ晴れとして見えた。
わたしが依頼者の家を出たのは午後3時を過ぎていた。ちょうど今頃の時期だったから日暮れも早い。西の空は夕焼け色になっていた。早く神社に戻ろうとスピードを出していると、怪しい男が50mほど先の歩道に立っているのが見えた。 これはヤバイ!! 慌ててスピードを落とす。だが間に合わなかった。怪しい男を通り過ぎた先の空き地入り口で、「STOP」という黄色に赤文字の旗が掲げられ、わたしの車は空き地へと誘導された。
そう、警察のネズミ捕り(スピード違反やシートベルトの取り締まり)に捕まってしまったのだ。余談だが、世の中にはネズミ捕りに捕まりやすい人と、そうでない人がいると思う。わたしはこれでも安全運転な方だが、過去に幾度も軽度な違反で捕まっていた。友人にはかなり悪質な運転をする奴もいるのに未だにゴールド免許だ。ちょっと納得できない。
警察官に促されて車を停め、車外へ出る。こういう時に袴姿はやけに目立つ。他の違反者たちに注目される中、わたしは憮然と椅子に座った。警察官が書類を片手に差し向いに座る。その間、わたしはずっと考えていた。
道路の法廷速度は50㎞だった。急いでいたと言っても、わたしは60㎞ぐらいしか出していない。ネズミ捕りに気付いてすぐにスピードを落としたから、警察の速度メーターには記録されていないかもしれない。ここはひとつ、違反などしていないと押し切ろう!
ところが、担当の警察官は妙なことを言った。ダメだよ、助手席にあんなに人乗せちゃぁ。シートベルトしてない子供さんが一番危ないんだよ。
わたしは訳がわからなかった。すると警察官はわたしの顔を見て更に言った。 乗せてたでしょ、助手席に子どもさんを2〜3人。ちゃんと無線で報告入ってるから。きちんとチャイルドシート使ってよ。
当然わたしは言い返した。子供なんて乗せていないのだから。だが警察官は信じてくれなかった。そこで車へ行ってドアを全部あけ、トランクの中まで確認してもらった。子供なんてどこにもいるわけがない。結局、警察官は見間違ったということで謝罪し、違反キップを切られることなく帰ることができたのだが、その後しばらくわたしは体調を崩してしまった。
神社にはお祓いを依頼した母親から「おかげさまで子どもはすっかり元気になりました」と感謝の電話があったらしい。
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