つい先日、総勢40数名の自治会グループで、新年会を兼ねた昼食付の日帰り温泉ツアーに参加した。
温泉施設に着くと、一行はまずはひと風呂浴びようとタオル片手に風呂場へ向かった。昼食は新年会も兼ねているので、当然、酒を飲む。酔っぱらう前に風呂に入ってしまおう、という連中がみんな風呂へ向かった。
風呂場は当然混雑するだろう、と、わたしは宴会場に残っていた。温泉は静かにゆったり入るのが好きだ。みんなとは時間をずらして入ることにした。
一時間もしないうちに風呂グループが戻ってきて、新年会が始まった。昼間っからビールをグイグイひっかけて、ほとんどの人は埒もない酔っ払いになった。しばらく酔っ払いたちと話をしていたが、やがて宴会も最高潮となり、それぞれのペースで飲みながら自分勝手な話題で盛り上がってきたので、わたしはソッと宴会場を抜け出して風呂場へ向かった。
脱衣所は温泉の匂いがして、静かだった。どうやら誰もいない。これならゆっくり入れそうだ。
広々とした大浴場はもうもうと湯気が立ち込めていた。その日は天気が悪く、今にも雪が降り出しそうな空模様で、外は薄暗い。湯気のせいで風呂場はもっと薄暗かった。
体を洗ってから湯船につかり、しばらく目を閉じて温泉を堪能していたが、ここの温泉は温度が高く、とても長湯していられそうにない。風呂場のふちに腰かけて小休止していると、ふと、右側に目がいった。
誰かがいる。
誰もいないと思っていた風呂場に先客がいたのだ。
立ち込める湯気のせいでよくわからないが、その人は風呂場のふちに頭をのせて、いかにも行儀悪く大の字になって湯に浸かっているようだった。
なんだか少し嫌な気分になってきて、わたしは早々に風呂を出た。
宴会場に戻ると、隣の席の御主人が酔っぱらないながら話しかけてきた。
どこ行ってたんですか―?
・・と訊くので、
風呂に入ってきました
と答えると、
いい温泉ですね、ここは
と、隣の御主人。
今日は我々の貸切みたいに誰もいなくて、さっきも皆さんと楽しく入りましたよ。でも、ひとり先客がいたなぁ・・・。なんだか奥の方で図々しい入り方してる人が。ありゃぁ、良くないですね。自分ンちの風呂みたいに大の字になって。
その言葉に、わたしは えっ? と眉をひそめた。
隣の御主人たちが湯に入ったのは3時間も前のこと。大の字になって風呂に入っていた先客は、さっきも湯に浸かっていたハズ。
その人、今も風呂に入ってましたけど・・・
と、わたしが言うと、
まさか。ここの湯は熱いから、せいぜい浸かれても10分でしょ。
隣の御主人の言葉が気になって、わたしは風呂場に戻ることにした。脱衣所には誰もいなかったが、よく見てみると、片隅の脱衣籠に服が入っていた。恐る恐る風呂場に入って目を凝らすと、さっきと同じ場所に、人がいる。
わたしはそのまま施設のフロントに走ると、スタッフに詳細を告げた。
・・・施設に救急車が到着したのは15分後のことだ。
風呂場で長湯をしていたのは、その施設の常連だった。フロントのスタッフによると、その人が午前中に風呂へ入る姿を見ているから、わたしも、日帰り温泉ツアーに参加した自治会の人たちも、仏様と一緒に湯に入っていたことになる。
仏様と一緒お湯に浸かれるなんて、コイツは春から縁起がいい・・・とは言い難い、リアルに怖い話。
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