怖い話-人形の怖い話(3)

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仕事が終わった後、彼女は一度帰宅したのだが、あいにくシャンプーを切らしていたことを思い出して近くのコンビニまで買い物に出かけた。時間は午後の8時頃。買い物を済ませてマンションに入ると、女の人がエレベーターが降りてくるのを待っていた。

紺色のスーツを着て、しっかり髪を整えた、30代後半ぐらいの女性だ。女性が軽く会釈してくれたので、彼女も「こんばんわ」と返した。女性は気さくな性質らしく「学生さん?」などと話しかけてきた。一度帰宅し、部屋着に着替えてから出かけたので、学生に見えないこともなかった。「一応社会人です」と答えると、ごめんなさい、若いからそう見えなくて、と女性はニッコリ笑った。

その女性とはいろいろ話した。女性の話では、このマンションに住んでいるのはほとんど大学生で、めったに他の住人と顔を合わせることがないらしい。女性は学生時代からここに住んでいて、就職してもずっとここにいるから、このマンションの中で一番古株かもしれない、と笑った。一緒に乗り込んだエレベーターの中でそんな話を聞きながら、やがてエレベーターが13階につき、女性も一緒にそこで降りた。

女性は同じ13階の住人だった。 二人でエレベーターを降りて、部屋に向かおうと廊下を見た時だ。彼女は一瞬、あれっ?と、目を疑った。 彼女の部屋はエレベーター側から数えて3番目にある。その3番目の部屋に、人が入って行った。彼女は急いで自分部屋の前まで走り、ドアノブを回した。だが開かない。鍵がかかっている。コンビニに出かけるとき鍵をかけたのだから、かかっていて当たり前だが、確かに今、自分の部屋に人が入っていくのを見た。

一緒にいた女性が「どうかしましたか?」と心配そうに声をかけてくれたので、彼女は事情を説明した。「不審者でも中にいると怖いから、一緒に入って調べてみましょうか?」女性は親切にそう言ってくれ、自分の部屋に戻ってバックを置き、痴漢撃退用のスタンガンと、丈夫そうな金属製の靴ベラを持って戻ってきた。護身用にいつも部屋の入口に置いてあるのだという。

女性から靴ベラを渡され、彼女は玄関のドアを開けて中に入った。 ドアを開け、ひとしきり息を殺して中の気配をうかがった。何の物音もしない。人がいるような気配も感じない。玄関入り口のすぐ右隣りは、トイレが一緒になっているユニットバス。その向かいは狭いキッチン。冷蔵庫の低いモーター音が聞こえる以外、何の音もしない。ふたりは、およそ人が隠れられそうな場所は全部チェックした。浴室も、クローゼットも、窓の外も、浴室の天井にある配線用のフタもこじ開けて確認した。徹底的に探しが、誰がいるはずもなく、誰かがいた様子もなかった。

それでも女性は怪しんで、警備会社にきいてあげる、と言った。その言葉に彼女は驚いた。防犯カメラがあちこちについていることは知っていたが、それを監視している警備会社に安易に連絡などしていいのか不安だった。心配をよそに女性は電話をかけはじめ、どこのマンションで、何時何分頃、どの階のどの部屋に、人が入った様子が映っていなかったか、スラスラ訪ねはじめた。しばらく待った後、神妙な様子で応答しながら、やがて女性は電話を切った。「わたしたちがエレベーターから降りたとき、この階の廊下には誰もいなかったって言うんだけど」、女性は不審そうな声でそう言った。

実は、女性も過去に幾度も同じような経験をし、怖くなって警察に電話をしたり、マンションの管理会社の人間を真夜中に呼び出して自分の部屋を調べてもらったことがあるのだという。その後、このマンションの一階入り口には特殊な鍵がつけられ、エレベーターや廊下にはいくつも監視カメラが設置された。監視カメラがついてからも同じことがあるが、度々の苦情に管理会社の人間には疎んじられるし、警察にもそうそう電話できない。人が入ったのを見ただけで、実際には第三者が部屋に侵入した形跡もなく、物を盗まれたわけでもない・・・実害がないので、いい加減うんざりされているらしい・・・と、女性は苦笑した。

女性からの苦情が絶えないので、マンションの管理会社の人間がセキュリティー会社の電話番号を教え、セキュリティー会社もそれを心得ていて、女性からの問い合わせにいつでもきちんと対応してくれるという。「マンションが建つ前、ここは雑木林で、そこで無理心中した女の人がいたって話だけど」と、女性は付け加えた。それを聞いた瞬間、彼女の頭にひらめいたものがあった。以前、真夜中のエレベーターに乗り合わせた母子だ。茶色い髪の水商売風の若い女が、ピクリとも動かない赤ん坊を見つめたまま、黙ってエレベーターの中に立っていた様子が、記憶の中にまざまざと浮かんだ。「もしかしてその無理心中をしたって女の人は、赤ん坊連れの茶髪でしたか? 」彼女が訊くと、それは判らないが、あなたが出会ったその母子は気持ちが悪いわね、という返答を返された。

女性と別れて部屋に戻ると、彼女は玄関に立ったまま室内を見渡した。つい今しがた、あの親切な女性と一緒に誰も潜んでいないことを確認したのだから、物陰に隠れた不審者に突然襲われる、なんて危険はないハズだ。だが、怖い。何かがいるような気がしてならない。一日の疲れを癒し、心身ともにリラックスできるはずの自宅で緊張して暮らさなくてはならない精神的負担は、その後彼女に大きくのしかかった。

それからというもの、帰宅してドアを開けるとき、部屋に何かがいるのではないかと常に気になった。風呂に入っているとき、風呂から上がるとき、トイレに入るとき、トイレから出るとき、食事を作ってリビングに戻るとき、顔を洗ってふと鏡に視線を移したとき・・・・ごくありふれた生活の場面で、ここで体験した奇怪な出来事が鮮明に思い出されるようになった。真夜中に飛びまわっていた不可思議な影や、「出ていけ」という言葉、エレベーターで出会った不気味な母子、この部屋に入ったように見えた人影、マンションが建つ以前の雑木林で無理心中したという女のことまで、すべてがごちゃ混ぜになって彼女を不安にさせた。いつの間にか「ただいま、おみっちゃん」、なんて言う余裕もなくなり、それどころか、おみっちゃんが怖くて祖母の部屋に入れなかった子供時代のように、その存在自体が薄気味悪く感じられ、彼女はおみっちゃんから意識して目をそらすようになり、季節の移り変わりでおみっちゃんの所まで日差しが射しこむようになったことにも気づかず、その着物は日に焼けて色が薄くなり、カビのシミが消えないおみっちゃんの白い貌も、黄色っぽく変色していった。

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