雪が降ると、子どもは嬉しいもの。
誰も足跡をつけていない真っ白な雪の上を歩いたり、雪遊びをしてみたり。
これは私が子どもの頃、弟と一緒に体験した話だ。
その日は朝から雪が降っていた。私と弟は外で遊びたくてウズウズしていたが、雪がやむまで待ちなさい、という母の言葉に従って、家の中で一日おとなしく遊んでいた。冬の夕暮れは早く、5時といえば暗くなってくる。その日、雪がやんだのは5時を過ぎていた。
雪がやんだので、わたしと弟は外に出たくてたまらなくなった。母から、一時間だけ、という了解をもらってわたしたち兄弟は外に飛び出して行った。
薄暗くなっても世界は一面の銀世界。降り積もった真っ白な雪のおかげで、そんなに暗くは感じない。当時、わたしたちが住んでいた家は田舎だったので、家の前には田んぼが広がっていて、車も少なかったせいか、道も、田んぼも、何の足跡もなくただ真っ白な雪原だった。
わたしたちは嬉しくて、誰も足跡をつけていない田んぼを歩きまわった。フワフワした雪に、自分たちだけの足跡がどんどんついていく。家の前の田んぼはすぐにわたしたち兄弟の足跡でボコボコになった。でも、もっと足跡をつけたくて、道向いの田んぼの方まで足を延ばすことにした。
道向いと言っても、わずか2mばかりの狭い道路を挟んでのことだから、家はすぐそこに見える。そこもやっぱり真っ白で、何の足跡もついていない。たった一つの街灯が雪の田んぼを青白く輝かせていた。
道から田んぼを眺めたわたしたちは、足跡で顔を描こうという話になった。スマイル君のような顔を二人の足跡で描くことにしたのだ。どっちがどの部分を担当するか決めた後、わたしたちは田んぼに入って夢中で足跡をつけた。頭の中で完成図を想像しながら、足下と、自分の通った痕跡だけを確かめながら、夢中で絵を描くのに没頭した。
絵が完成するのに、15分もかからなかったと思う。それぞれの担当が終わると、わたしたちは道に戻って出来上がった絵を確かめようとした。ところがそこで、わたしたち兄弟はおかしなものを見てしまったのだ。
二人で道に並んで田んぼを見た時、わたしたちは同時に息を飲んだ。それから二人で顔を見合わせて、もう一度田んぼに視線を戻した。
わたしたちが足跡で描いた顔の向こうに、着物姿の、花嫁さんが立っていたのだ。
白無垢の花嫁衣装を着て、日本髪に角隠しをつけた花嫁さんが、青白い雪の田んぼに一人で立っている。わたしたちがここに来た時、もちろん、花嫁さんなんていなかった。その花嫁さんの周りにはわたしたち兄弟の小さな足跡がついているだけで、花嫁さん自身が歩いてきた足跡がどこにも見当たらない。
わたしたちは家を目指して同時に駆け出していた。家の明かりはすぐそこに見える。悲鳴に近い声を出しながら玄関に飛び込むと、母がビックリして出て来た。二人で見た出来事を話すと、母は笑って済まし、外を確認もしてくれなかった。
高校生になった時、弟とあの雪の夜の出来事を話す機会があった。
あんな所に角隠しの花嫁さんが立ってるなんて驚いたよね
と、わたしが言うと
いいや、花嫁衣装は着てたけど、首は無かったよ
と、弟が青ざめて答えた。
そこで改めてわたしは ゾッとしたのだ。
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