怖い話-中古車

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わたしが自動車免許を取得したのは、18才の春だ。免許をとれば、当然、自分の車が欲しくなる。アルバイトで金を貯め、中古の軽自動車を近所のディーラーで購入したのは、その年の冬のことだった。

走行距離8000キロ、事故の経歴もなく、車内も新車同様に綺麗だった。前の持ち主が若い女の子だったということで、無茶な運転もしていないからエンジンの調子も良い。お買い得な車を手に入れられた嬉しさと、「自分の車が持てた」という喜びが相乗して、わたしはヒマさえあれば近所をドライブした。

ある時、コンビニに立ち寄って駐車場に戻ると、見知らぬ女性がわたしの車をしげしげと眺めていた。わたしがキーを片手に車に近づくと、彼女はバツが悪そうにどこかへ行ってしまった。

なんだろう・・・いささか不思議に思いながら、わたしはそのままガソリンスタンドへ向った。いつものガソリンスタンドで、いつものように給油してもらっていると、突然、ドンッ! という音と共に車が揺れた。なんと、給油の終わった他の車がバックしそこねて、わたしの車の運転席側のドアに突っ込んできたのだ。

相手もとっさにブレーキを踏んだのだろう、わたしの車はドアの部分が微妙にヘコんだだけで、大きな事故は免れた。

相手の男性は素直に弁償を申し出てくれた。だからその場は互いの身分証だけを確認し、わたしは帰路につくことにした。

家に帰る途中、よく通る住宅街の細い道路を走っていると、いきなりわき道から一台の車が飛び出してきて、運転席側の側面に衝突した。完全に相手の一時停止無視だった。

わたしはあっけにとられながら、とりあえず車を降りた。衝突が軽かったのか、車はドアとボンネットの境辺りが少し歪んでいるだけだった。事故の相手は中年の女性で、修理代は100%弁償しますと言ってくれた。そこでまた、後々の連絡のために身分証を確認し、わたしはハンドルを握った。

その頃には、わたしの頭の中は不穏な考えで一杯になっていた。一日で、しかもたった数十分の間に、二回の事故。わたしに過失はないものの、二回の事故とも運転席側にぶつかっている。一歩間違えれば大変なことになっていたかもしれない。

二度あることは三度ある・・・・そんな言葉が頭をよぎった。

細い路地を走るのは危ないかもしれない。唐突にそう思い立ち、少々遠回りだが大通りを行くことにした。

その日はやけに寒い日で、しばらくすると雪が舞い始めた。最初は舞っている程度だった小雪は、やがてサラサラと音をたてて、ガンガン降ってきた。路面はすぐにうっすらと白くなった。

慣れない雪道の運転に、わたしは緊張しまくっていた。そうでなくても二度の事故に遭ったばかりだ。今日という日を無事にやり過ごさなければ、わたしはこの先、生き延びられないんじゃないかとまで考えた。

極めて慎重に、スピードを出さず、いつもならアクセルを踏んで突っ込んでいく黄色信号にも律儀に停車した。信号待ちをしている間も、わたしの視線は車外に釘付けだ。いつ、どこから危険が迫ってくるかもしれない。だが、ここは大通りの交差点。車幅は十分にあるし、突っ込んでくる可能性のあるわき道もない。折りしも雪のおかげで、他のドライバーもスピードを落として安全運転をしている。

自宅まではもうすぐ。よし、このまま何事もなく帰れるだろう・・・・と、安心した瞬間。

交差点を左折してきた車が路面の雪にタイヤを滑らせ、斜めにこちらへ突っ込んでくるではないか!

わたしは思わず目を閉じた。それしかできなかった。まるで映画のストップモーションのように長く感じたが、実際はあっという間に強い衝撃と、衝突音がした。

この事故でわたしは大怪我を負うことはなかった。相手の車は左側面から景気良くぶつかってきたものの、車の損傷自体は軽く、互いに怪我もなかった。

この話のどこが怖いか、お判りになるだろうか? 一日の間に、三度の事故。一歩間違えれば大惨事だったかもしれないシチュエーション。これが我が身に起こったらと考えると・・・身の毛もよだつ?

いいや、わたしが本当にゾッとしたのは、翌日、修理のためにディーラーを訪れた時のことだ。

ボロボロになった車を店のすぐ前に停め、店内に入ると、わたしにこのお買い得車を薦めた店員が、若い女性となにやら口論していた。その女性には見覚えがあった。昨日、コンビニの駐車場でわたしの車を興味ありげに眺めていた彼女だった。

来客の気配を感じ、店員の視線はわたしに向けられ、同時に女性もこちらを向いた。女性は一瞬わたしを睨んだようだったが、そこで口論は中断され、女性はスタスタと店を出、店員がわたしに近づいてきた。

いらっしゃいませ。どうされましたか?

愛想良く訪ねてくれる店員に、わたしは事情を説明した。

それは災難でしたね。

さも同情しているように店員は言い、車の破損具合を確かめてから作業員を呼んだ。ピットに運ばれる車を眺めながら、店員は流れ作業のように修理している間に使う代車について説明し始めた。修理が終わるまで何日かかるか、三人いる事故の相手にどういう割合で修理代を請求するか、そんな会話の途中で、わたしはさっきの女性について尋ねてみた。

店員は少し言葉をにごらせたが、やがてこう答えた。

あの女性は、わたしの車の前の持ち主で、この店員の親戚だった。恵まれない家庭事情で育った彼女は、やっとの思いで頭金を貯めてこの車を買ったのだという。車のナンバーも自分の好きな番号にした。だが、不幸な状況が重なってローンが払えなくなり、やむなく手放した。それでも、初めて手に入れた自分の車だ。車に対する愛着が強かった。半年したらまた買い戻すから誰にも売らないでくれと頼まれていた。

店員も可哀想だと思って彼女との約束を守っていた。けれど、半年経っても、一年経ってもお金が作れない。店長の手前、店員もこれ以上彼女との約束を守れなくなり、客(わたし)に売ってしまった。

昨日コンビニの駐車場で、買い戻すつもりだった自分の車を見つけた彼女は、頭に血が上ってしまったらしい。そこで今日、店まで押しかけてきたのだと言う。

わたしは非常に後味が悪かった。そこで不意に、自分の車のナンバーを思い出した。購入しようと決めたとき、車のナンバーもゴロが良いと気に入っていた。ナンバーは345。前持ち主の好きな数字。

345(サーシゴー)

さぁ、死のう。

笑い話にもならない、本当の話。

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